篳篥に合うものを選曲、東儀秀樹 新譜で見せた自身の変化とは

 雅楽、篳篥(ひちりき)奏者の東儀秀樹が8月1日、アルバム『ヒチリキ・シネマ』をリリースした。昨年リリースされた『Hichiriki Cafe』から約1年振りとなる新譜は、映画音楽を篳篥の音色で表現したもので、オリジナルの良さを残しながらも、篳篥の心地よい響きが堪能できる1枚に仕上がった。選曲は篳篥に合う楽曲を探すところから始まったという。自身があまり好みではない楽曲とも向き合った制作は、そこで新たな発見もあったと話す。そのエピソードに触れるとともに、「和」のほかに「雅」も見せたいと語る2020年の東京オリンピックについてや、元々雅楽師のつけたメロディだという「君が代」についてなど多岐にわたり話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】

「ダンシング・クイーン」は一度断った

東儀秀樹(撮影=冨田味我)

――今回は「シネマ」というテーマでアルバムがリリースされましたが、ここで改めてこのテーマで1枚のアルバムにしたのは?

 振り返ってみると映画音楽を随分やっているなと。色んなアルバムで色々演奏してきているのに、今までシネマ括りでやったことがなかったのが逆に不思議で。じゃあここで括ってみようという自然な流れでした。そんなに深刻に掘り下げて曲を探してという訳ではなくて、篳篥に合う曲ということがテーマでした。「あの曲も入れれば良かった」と思うものもいっぱい出てくるんだけど、それだったら『ヒチリキ・シネマ2』というのは、いつでも出そうと思えば出せるから、気にしないでとりあえず今思いついた形を表現してみようと思いました。

――篳篥に合わない曲とはどのようなものでしょうか?

 非常に音域が狭い楽器なので、物理的に音域が合わなかったり。今回は篳篥の音域を超えた曲がかなりいっぱいあるんだけど、篳篥だけでは無理なところを大篳篥という、サックスで言えばアルトサックスのような4度下の音域が出る篳篥を使っています。昔、奈良時代にはあったもので、それを復元したものなんです。

――「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン(映画『タイタニック』より) 」はかなり音域が広そうです。

 その曲は一見音域の幅が広そうだけど、実はそうでもないんです。篳篥一本でカバーできています。音域が下から上までという、曲のイメージがそうなだけで音符的にはそうでもないんです。むしろ「君をのせて(映画『天空の城ラピュタ』より) 」は篳篥一本じゃ無理で、「ダンシング・クイーン(映画『マンマ・ミーア!』より))」「コーリング・ユー(映画『バグダッド・カフェ』より)」「オン・マイ・オウン(映画『レ・ミゼラブル』より))」などもそうです。

――ライブで披露されるときには2本を使い分けることになりそうですね。

 使い分ける必要がありますね。レコーディングでは繋がっているように編曲しているけど、ライブではその間に何小節か持ち替える間を入れないければという考え方をしないと駄目ですね。

――今回の収録曲は東儀さんにとって思い入れのある映画、音楽だったりするのでしょうか?

 必ずしもそうじゃなくて、やはり篳篥が活きなければいけないから、それが大優先でした。思い入れとは違うんだけど、以前僕は今回収録されているABBAの「ダンシング・クイーン」は好きではなかったんです。この曲が嫌いというよりもABBAが好みじゃなかった。僕は子供の頃から「ブリティッシュ・ロックが一番」だなんて言ってるときにいきなりスウェーデンからああいうビートの音楽が出てきて「なんじゃこの軟弱者は」と思った口で(笑)。今回の曲出しをしていたときに「『ダンシング・クイーン』なんてどう?」とレーベルの人に提案されたとき断りましたから(笑)。

――そうだったんですね(笑)。

 でも不思議なもので、そういう風に一回でも言われると頭に残るじゃないですか? 僕は仕事も好きなものしかやっていないし、嫌いなものを頑張ってやろうなんて思っていないんです。基本、嫌のものを克服しようなんて全然思わない人間だからね(笑)。でも、今回嫌いだと思っているものを篳篥で吹いたらどんな変化があるだろうと考えた瞬間に、未知数に対するワクワクがちょっと出てきたんです。ここで言われたということは何かの縁かもしれないなと思って。アルバムに入れる入れないは別にして、東儀秀樹が「ダンシング・クイーン」をやりましたというのを自分で見てみたくなって。

――好奇心が勝ったわけですね。

 そうそう。今度じゃあその音楽をどうしようかと改めて聴いていたときに「Aメロのメロディを延ばしたら凄く篳篥が似合うかもしれない」と閃いて。パット・メセニー(米・ジャズギタリスト)がやっているような「ダンシング・クイーン」があったら面白いなと思って。自分でピアノを弾き始めていたらだんだん面白くなってきちゃって、終いには「何だ、いい曲じゃないか」と(笑)。だから今は「ダンシング・クイーン」は好きなんですよ。あんなに嫌いだったのが、あるきっかけで変わっていく過程を楽しむことができたのも、ミーティングのおかげだったと思います。

――嫌いなものがそうなるのは中々ないですよね。

 特に僕の場合、珍しいですね。歳を取って丸くなったのかな(笑)。あと「ゴンドラの唄(映画『生きる』より)」という、日本的な大正、昭和的なメロディも僕の好きなタイプではないんです。僕はもっと平安色が強い古代か、現代のステレオ音楽かという方向にいる人間だから、昭和っぽい歌謡曲のメロディというのは僕が手を付けないジャンルだったんだけど、せっかくラインナップするのに日本的なメロディが一つもないのもちょっともったいないなと感じて。

――バリエーションとして収録されて。

 そうです。色んな人が楽しめるアルバムであって欲しいかったから。日本の映画でトップをいくのは黒澤明さんだと僕は思っているから、黒澤さんの映画で何かないかなと探していた時に、ある人が『ゴンドラの唄」と出してくれて。最初はさすがに昭和っぽすぎるなと思ったんだけど、この曲も何か引っかかっていて。これも一度拒否したんだけど、家に帰って「ゴンドラの唄」を聴き直してみて吹いてみたら、凄く篳篥の良い響きを感じたんです。

 これも雅楽、篳篥の音域よりも一音オーバーしているけど僕ならできると思って、このメロディをそのまま吹いて、そのかわりにピアノでちょっとオシャレな伴奏にしたら東儀秀樹の「ゴンドラの唄」になるだろうなと思ってやってみました。やっぱりこのメロディは郷愁を誘って優しい気持ちになるし、温かい気持ちになれる日本人らしい唄だなと思いました。

――今作を聴いて篳篥の持つ個性って凄いなと改めて感じました。どの曲を聴いても音が一気にシルクロードのような雰囲気を映すようで。東儀さんはずっと篳篥を吹いてきて新たな発見はありますか?

 飽きることがないというのが新たな発見といえば発見なんでしょうね。毎回こういう揺らぎとか、篳篥の一番美味しいフレーズというのはだいたいこんなもんだというのがわかってるんだけど、それを何回使っても飽きないなと思うのが篳篥の力だと思いますね。

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長島昭久、フィンランドへ行く!

“Mr. Nagashima Goes to Finland”

 私の大好きな映画に『スミス都へ行く』(”Mr. Smith Goes to Washington” 1939年アメリカ)があります。地方から出てきた、ど素人の新人議員が首都ワシントンの悪と闘い正義を貫くというごく単純なストーリーですが、スミス氏がワシントンで初めて見るもの・聞くものに驚き感動する様子は、今回の私のフィンランド視察と重なるものがありました。

「ネウボラ」はフィンランド国民共通の”3つの理念”に支えられている

 今回の視察の第一の目的は、「ネウボラ」の現場を実際に見聞することでした。

★ネウボラ:妊娠期から小学校へ上がるまでの子どもとその親を含む家族全体の健康と生活を守るため、かかりつけの保健師(助産師)が責任をもって切れ目のない支援につなげる制度。

 もちろん、予想通り、ネウボラという制度、それを支える人材、その人材をサポートする地域の仕組み、どれをとっても今すぐ日本が学ばねばならないものばかりでした。ところが、それ以上に勉強になったのは、ネウボラを生み出したフィンランド建国(独立)の理念です。すなわち、1917年にロシアから独立を果たしたフィンランドが、貧しい中から国の将来を担う貴重な人材を大切に育てるためにつくり上げた「国民的合意」の素晴らしさです。今回の視察における最大の収穫は、ネウボラ制度の根底に次のようなフィンランド国民の確固たる理念が横たわっていることが確認できたことです。

その1:母親は、育児の負担を分かち合う他者の助けを常に必要としている

 第一に、「母親は、育児の負担を分かち合う他者の助けを”常に”必要としている」という紛れもない真実の社会的共有です。日本では、子育てはとかく各家庭の「自己責任」で片付けられてきました。ですから、少子化が叫ばれ始めて20年経った今日でも、待機児童は解消されず、仕事と育児の両立は難しく、ひとり親家庭の貧困は先進国中最悪の状態なのです。こんなにも「子育て」にとって劣悪な環境が放置されてきたことに対し、私自身を含め、政治家は恥じ入るべきです。

 これに対し、「世界一子育てしやすい国」フィンランドでは、子どもを産む母体である母親が必要と感じているあらゆる支援を惜しむことなく社会全体で用意し、ほぼ無償で提供しているのです。その中核がネウボラなのです。ネウボラおばさん(保健師および助産師)が、親子の健康から家族関係、生活環境の隅々まで目を光らせ、早期に問題点を発見し、多機関連携に基づく適時適切な福祉的、医療的支援へとつなげていくというものです。

その2:「3歳までは子どもを家庭で育てられる」という選択肢を用意

 フィンランド国民の間で広く共有されている第二の理念は、「子どもは、なるべく3歳までは家庭で育てる」というものです。欧米の文化では共働きは当たり前で、親が家庭で子どもを育てる習慣は希薄ではないかと思われがちですが、少なくともフィンランドでは、多種多様な子育て政策によって、3歳までは無理なく家庭で子育てができるような現実的な「選択肢」が用意されているのです。たとえば、両親で合計263日間の出産休業制度、母親手当、子どもが3歳になるまでの在宅育児手当、育児休業制度、所得制限なしの児童手当(0-16歳全員が対象で、子どもが増えるごとに加算)、3歳未満と小学1-2年次に親の労働時間を短縮できる部分的ケア手当、などなど。もちろん、保育サービス(幼保一体)も待機児童ゼロ。

その3:子育て支援は、「良き納税者」を育てるため

 このような一見「財源度外視」とも思える手厚い子育て支援を可能にしているのは、「良き納税者を育てよう」とのフィンランド社会の根底を流れる立国の哲学なのです。すなわち、ネウボラの制度目的である「早期発見・早期支援」の背景にある考え方は、子ども達の成育上の課題を早期に発見し、早期に治療・対処すれば、将来(特別な福祉や医療などを通じて)税金を使う側ではなく、健全な納税者をより多く育てることができる、というリアリズムに基づく「立国の理念」があるのです。

 フィンランドでは、ロシアからの独立直後、非常に貧しい時代に国家の独立と安定的な発展のために、男女を問わず猛烈に働かねばなりませんでした。そのため、家庭に残された子どもたちへの支援施策が不可欠となったのです。したがって、次世代の良き国民、良き納税者に育て上げることが立国の本旨であるとの国民的合意が形成されていったというのです。以来約100年、高齢者を含むすべての世代で「子ども投資立国」の理念は浸透し、現にその投資のおかげで今日があるとの実感が社会で広く共有されることとなったのです。

フィンランドに「子育て政策か、高齢者福祉か?」の対立軸はない

 したがって、日本でよくある「子育て政策か、高齢者福祉か?」という対立軸は生まれません。フィンランドの子育て支援は、子ども達が可哀想だからという慈悲心の表れでもなく、「未来への投資」などという抽象論でもない。現実的な国家戦略に基づいて、子育て支援に徹底的な政策と予算を注ぎ込んできたのです。

 この点は、じつは明石市の泉房穂市長の「子育て支援は貧困対策でも弱者救済策でもない。まさしく地方創生戦略なのだ」という哲学と相通ずるものがあるのではないでしょうか。つまり、そのような世代を超えた国民的合意の上にフィンランドのネウボラ制度があるのです。この点をしっかりと踏まえた上で、私は、これから同志の皆さんと共に、日本版ネウボラを中核とした包括的な子育て支援政策の実現に全力を傾けてまいります。

衆議院議員 長島昭久拝

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